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予科練とは何だったのか [歴史への旅・明治以後]

「今日も飛ぶ飛ぶ霞ヶ浦の 七つボタンは桜に錨」という歌はかなりの人が知っているし、多くの人が予科練を太平洋戦争の飛行士養成機関として認識している。しかし、予科練では毎日操縦訓練を行い、卒業生は飛行機乗りとなって、特攻などで、多くは、愛機と共に空に散って行ったと言う、半ばロマンチックなイメージを持っているならそれは間違っている。

予科練で本格的な飛行訓練をやった事実はないし、修了生全体の中では、戦死は8%でしかない。多くの予科練生は全く空を飛ばなかったのだ。そもそも「予科練」という学校は無かった。予科練習生というのは、海軍航空隊に所属した兵隊の身分の一つに過ぎない。階級としては、最下級の四等水兵にあたる所から始まる。

日本の軍隊は、長州藩の奇兵隊なんかがその先駆けだが、武士が、百姓町人を集めて鉄砲を持たせた所から始まった。だから、身分意識が強く、将校は自らを武士と意識して、兵隊や一般市民を見下していた。軍隊では一般市民を「地方人」と呼ぶのが常だった。地方人を徴兵して兵隊にする。一銭五厘と言われていたように、召集令状の切手代だけでいくらでも集められる。鉄砲を持たせて少し扱い方を教える。あとは上官の命令には、いつでも従うように、いじめて根性を入れればそれで良い。絶対服従を叩き込むのが訓練であった。

これには一応の理由がある。当時の戦争の勝敗を決するものは野戦兵力の突撃だった。突撃の時はなるべく早く前進したほうが、銃撃される時間が短くて被害が少ない。命を惜しんで、逡巡していると却って大きな被害を出すのだ。守る側も、阻止線を破られたら自分の命が無くなるのだから、果敢な突撃には浮き足立ってしまう。だから命令一下で命知らずの突撃が出来る軍隊が強い軍隊だった。そんなわけで日本陸軍の訓練というのは体罰・苛めで命を惜しむ気持ちを麻痺させる根性教育が中心になった。

海軍の場合は少し様相が異なる。陸軍のように兵隊を根性だけで戦わせるわけには行かない。砲術や航海術は士官のものだが、その補助にも一応の知識・経験がいる。これを担うのが古参の志願兵である下士官だった。術科学校で教育した下士官が戦争の兵力となった。一般の水兵といえば、甲板磨きや見張りといった程度の雑用しか無いのである。現場指揮官になり得ず、年功を食っても兵卒扱いされる下士官の不満の捌け口が必要だった。だからここでも、陸軍と同じような「しごき」体罰が横行した。艦船のピラミッド組織を守るためには底辺が必要だったのだ。

日本の軍隊ではこうした身分制度と「いじめ」「しごき」が組織の根幹的要素となっていた。ところが、飛行機となるとそうは行かない。上空では一人でエンジン調整から銃撃、通信など全てやらねばならないし、航空力学や電気回路の知識もいる。そう簡単にだれでも乗れるものではないのだ。飛行機に最下層の兵隊は要らない。当然、ピラミッド組織を作ることは出来ない。航空部隊というのは軍隊組織になじまなかったのだ。これが遅くまで日本海軍が巨艦巨砲主義にしがみついた一因でもある。

初期のころは飛行機は将校の専有物で、飛行訓練を行うのは「海軍飛行学生」という兵学校出身の将校に限られていたが、一九三〇年代になると、海軍の戦闘が爆撃機や戦闘機を多用する航空機戦術主体になってきて、飛行機を指揮官であるはずの士官の専有物としておくわけには行かなくなった。いくら巨艦巨砲主義であっても、やはり、空を飛ぶ兵隊は必要だったのだ。

海軍の飛行機は航空母艦から出撃するのだが、飛行機搭乗員を養成するために陸上に航空隊を作った。海軍の兵隊から選抜して「飛行練習生」あるいは「操縦練習生」として航空隊で操縦訓練をしたが、思わしくなかった。当時の一般の人たちは、もちろん飛行機に乗ったことはないし、自動車の運転もしたことがない。尋常小学校卒が普通だったから学識も足りない。ピストンやシリンダーという言葉も知らないし、エンジンなど見たことも無いのが普通だった。全く経験のないものを学ぶのは、特に年を取ってくると難しい。今でも携帯電話の使い方は高校生が一番詳しい。うんと若いときに飛行機乗りの勉強を始めたほうが良い。

そんな事で高等小学校程度の子供たちを最初は横浜、次いで霞ヶ浦の航空隊に集めた。これが予科練乙種である。だから予科練という学校は無い。予科練習生というのは航空隊における身分でしかない。その後、一般学はもう少し勉強しておいたほうが良いと言う事で、中学四年終了程度の子を集めた。これが甲種予科錬生だ。予科練はあくまでも「飛行予科」練習生であり、飛行練習生となる前の教育を受ける所だ。したがって、カリキュラムは殆どが、手旗信号とか、鉄砲の撃ち方とかの軍隊教育と数学、機関学、爆薬学、弾道学といった座学だった。それに帝国軍人精神を鍛える体育科目が加わった。体罰・苛めも相当なものだった。飛行訓練をする所ではなかったのだ。

アメリカでは航空機が増えたころから、将校をどんどん飛行機乗りに登用し、将校の枠を広げたのだが、帝国海軍では将校は指揮官であって現場で闘う兵隊ではないという観念をくずすことは無かった。海軍兵学校の飛行学生は最後まで少数に留まった。空を飛ぶ魅力につられて、予科練を志願した子どもは多く、選抜はかなりの競争となった。中学四年と五年の一年の募集時期の違いだけだったのだが、予科練はあくまでも下士官養成のためで、幹部養成の海軍兵学校とは根本的に違っていた。

海軍は、航空兵力拡充にはあくまでも消極的で、予科練にしても、太平洋戦争を仕掛けた1940年でさえ、甲乙あわせて1,190人しか採っておらず、次の年でも3,752人でしかない。パイロットの養成には時間がかることを考えれば、この人数は決定的な間違いである。アメリカでは、1940年の時点で、士官候補生16,773人に搭乗員教育を始めたし、次の年には89,973人に増やしている。数が一桁違うし、しかも全員が仕官待遇だ。将校は兵隊を使うものだなどという観念は持たず、学識、技術を持った者は高待遇にするのが当然だという認識だった。教育の内容も、変な軍人精神論ではなく、きっちりと科学的な知識と十分な飛行訓練に時間を取った。乗員訓練が第一の課題だとして優秀なパイロットを戦場から引き戻して教官にすることさえやった。

日本の場合は、マリアナ沖海戦やガダルカナルで熟練飛行士を失って見て初めて航空兵の不足に気が付いた。航空機は生産できても、癖の強いゼロ戦を使いこなせる熟練パイロットがいないのだ。丙種予科練生など即製のパイロットを送り込んだが技量的にも米軍に太刀打ちできないことになって、たちまちのうちに、飛行機自体を消耗してしまった。

1944年になって急に予科練を114,773人に増やしている。時既に遅く、日本にはこれだけの訓練をする飛行機が無かった。それにも関わらす1945年の半年でまた58,599人をいれている。これまたとんでもない大人数だ。もちろん彼等は飛行機には乗らず、一部は他の特攻兵器に乗ったが、大部分は土方仕事に使役されただけで、戦死すべくもなかった。徴兵年齢に達しない者を徴用して飛行場整備などの労務に使役したにすぎない。

人数的にはこうした「飛ばない予科練生」が圧倒的に多いので、初期の予科練生が多く戦死しているにも関わらず、全体の8%しか戦死していないという統計になるのだ。もっとも、飛行場整備が安全なわけではもちろんない。宝塚航空隊所属の第16期予科練生は鳴門海峡の要塞建設に派遣され、途中で住吉丸が銃撃されて、ほぼ全滅の憂き目にあった。15年戦争の公式戦死者で最年少の15歳を記録した。

予科練は志願制だったが、中学では配属将校が志願を強力に勧め、この頃には半強制的なものでもあった。身長が足らず、不合格とわかっていても、志願して受験させられたくらいだ。予科練のための航空隊に飛行場はいらない。高野山宿坊や宝塚歌劇学校など宿舎さえあればどこにでも作られた。飛行機による特攻も、アンパン地雷を抱いて戦車の前に飛び込んでの自爆も、命を差し出す上では同じだということで訓練させられた。予科練とは、結局、徴兵年令にも達しない少年を戦争に狩り出す方策でしかなかったことになる。

飛行機乗りになるという夢を抱いていた生徒は騙されたようなものだ。ここまで来ればそれをごまかし様もない。福岡航空隊司令の飛田健次郎大佐は、予科練生を前に「おまえたちは海軍にだまされたんだ」と謝ったという。しかし、予科練生の不満を押さえつけるように制裁・暴行はエスカレートした。「バッター」と言われる、こん棒を使っての痛打などがその最たるものだった。

終戦になってからも、予科練の不運は続いた。学校でなかったことが禍いしたのだ。海軍兵学校は学歴となって、大学への編入などが認められたので戦後に要職について活躍した人が多い。しかし、予科練は学歴とは認められず、故郷に戻っても、中学中退のままとなった。どこの町でも予科練帰りといえば、軍隊でいじけた不良の集まりとして鼻つまみになった。安藤組の安藤昇などのヤクザはそのなれの果てだ。

予科練自体が悲劇であるが、生き残った予科練生も戦争の被害者である。しかし、予科練時代を華やかな青春時代と懐かしむ人も多い。その後の生活の辛苦からみれば、そうとでも考えざるを得ないのだろう。中には戦後苦労の末、各方面で活躍している人もいるが、それらの中に予科練を評価する人はあまりいない。前田武彦は予科練で受けた教育を「優しさなんか一つも無かった。死んでいく人間に対して棒で殴ったりしていた」と番組の中の発言で批判している。児童文学の寺村輝夫も予科練で毎日「君が代」を歌わされた一人だが、「君が代はどうしても歌いたくなく、その後一度も歌わなかった」と語っている。
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